ある調査によると、私たち日本人が一生のあいだに食べる食材の合計は、約32.9トンにものぼるといわれています。これだけ大量の食べ物の消化と、栄養素の吸収を行っている腸は、人間にとってとても重要な器官です。腸には約100兆個もの腸内細菌がいるといわれますが、その状態を表す言葉として近年注目を集めているのが「腸内フローラ」。健康にとって重要な役割を果たすという腸内フローラですが、どのようにすればそれを良い状態に保つことができるのでしょうか。 腸内フローラと健康との関わりや乳酸菌の有用性について、80年以上前から研究を行っているヤクルト。長らくヤクルトの研究職を務め、現在は広報室に所属する河見浩司郎さんに、栄養素の吸収を担う腸にとって大切な「腸内フローラ」について教えていただきました。
1人あたりの腸内細菌の重さは合計1kg。からだの健康に重要な役割を果たす----ヤクルトでは80年以上前から「腸内フローラ」の研究を行っているそうですね。腸内フローラとは何か、あらためて簡単に教えていただけますか。 河見:腸内には、およそ1,000種類、約100兆個もの多種多様な細菌が、群れをなして生息しています。その様子が花畑のようだということで、腸内フローラと呼ばれているのです。 腸には「食べ物を消化し、栄養素を吸収する」「食べ物の水分を吸収し、便をつくって体外に排出する」「外部の有害菌などからからだを守る」と、主に3つの働きがあり、これらはすべて腸内フローラの影響を大きく受けることがわかっています。つまり、腸内フローラのバランスを良い状態にしておくことが、腸を円滑に働かせ、からだ全体の健康を保つために非常に重要なのです。 ----自分の腸内フローラはどうやって調べるのでしょうか。 河見:腸を切り開いて見るわけにいかないので(笑)、便を分析しています。ここ20年ほどは遺伝子をターゲットとした分析法が発展し、解析のスピードが圧倒的に早くなったおかげで、何日もかけて分析していた労力も軽減されました。 昔は腸内フローラを構成している菌は100種類ほどといわれていたのですが、分析法の発達により、いまは1,000種類ほどとされています。数にして約100兆個。なかなかピンとこない数字だと思いますが、約100兆個の細菌を集めると、重さは約1kg。それくらい多くの菌が腸内にすんでいるわけです。 ----1,000種類もいると、個性もいろいろありそうですね。 河見:そうですね。腸内細菌は大きく3つのグループに分けられます。1つ目は良い働きをしてくれる菌。「有用菌」と呼ばれ、ここには乳酸菌やビフィズス菌などが含まれます。2つ目の悪い働きをする菌は「有害菌」といい、黄色ブドウ球菌やウェルシュ菌がその代表的なものです。3つ目に「中間的な菌」として、からだが健康なときは悪さをしない大腸菌やバクテロイデスなどがあります。 腸内フローラの状態を「有用菌優位」に保つことが健康の鍵----有用菌、有害菌、中間的な菌について、もう少し教えてください。 河見:有害菌の黄色ブドウ球菌やウェルシュ菌は、食中毒の原因菌としても知られていますが、健康な人のおなかにも生息しています。普段はおとなしくしていますが、腸内フローラのバランスが乱れると数が増え、からだにさまざまな悪影響を及ぼします。発がん性物質や毒素をつくる菌もいるので、有害菌の多い状態が長く続くと病気にもつながりかねません。 ----有用菌はどのような働きをするのですか? 河見:有用菌は、有害菌の増殖を抑えてくれます。乳酸菌は、その名のとおり、糖分をエネルギーにして乳酸をつくる。ビフィズス菌も同じく糖分を餌に、乳酸と酢酸、2種類の酸をつくります。すると腸のなかが、有害菌にとってはすみにくい弱酸性の環境になるというわけです。 高齢の方のなかには便が弱アルカリ性を示す人もいて、そういう人たちの腸内細菌を調べてみると、有用菌が少なく有害菌が多いというデータもあります。 ----腸内フローラをバランス良く保ち、腸内を弱酸性の環境にしておくことが重要なのですね。 河見:そうなんです。しかし腸内フローラのバランスは、いろいろな原因によって崩れてしまいます。ひとつには、食べすぎ、飲みすぎ。有害菌は脂肪やたんぱく質が大好物なので、高脂肪・高たんぱくの食事を続けていると、有害菌が増えてしまいます。 また、ストレスや老化、抗生剤の作用でもバランスが崩れます。風邪などで通院したとき、お医者さんから抗生剤と一緒に乳酸菌製剤(整腸薬)を処方されたことはありませんか? 抗生剤は有害菌と一緒に有用菌も殺してしまうことがあるため、バランスを損なわないように、処方されるわけですね。 ----ストレスや老化は誰しもに起こることなので、難しいですね。 河見:そうですね。ついつい食べすぎてしまうこともあるし、薬だって必要となれば飲まなければいけない。ストレスや老化も含め、日々生活するなかで、有用菌が減る要因をすべて取り除くことはほとんど不可能です。そこで、腸内フローラの環境を保つ手助けとして、ヤクルトは食品から乳酸菌やビフィズス菌をとることを提案しているのです。 |